世はストレス社会の戦国時代。家事、育児、仕事、人間関係、上司からの重圧、すし詰めの満員電車、かさむ電気代、払えない家賃、ポストに溜まりゆく督促状の束…
ニートである私は上記の後半3つしか該当しないのだが、基本的に、人は誰しも何かしらのストレスを抱えながら日々、生きているはずだ。
そしてストレスというものは、放っておくといつ、どのような形で爆発するかわからない
そうなる前に、癒されよう。
というわけでやってきたのは、東京・町田にある『町田リス園』。名のとおりリスが飼育されており、ふれあうこともできるらしい。
町田駅からバスでおよそ20分という絶妙な僻地にあるが、バスを降りればすぐ目の前なのでまったくもって許容範囲

ゲートにでかでかと書かれた文字に、某ピクサー映画の「魚はともだち、エサじゃない」というセリフが頭をよぎる。こ、これはつまり、「リスはともだち、エサじゃない」ってこと……?
違う。断じて違う。それではリスを“食べる側”の視点。史上初、リスを捕食するホモサピエンスが爆誕してしまいかねない
純粋に、「リスを大切に扱うべき」と戒めるための意味なのだろう。それ以上でも以下でもない
ふと、ゲートの下に視線がいった

『本日は、開園』
……よかった。遠目で見れば閉園の時のソレである
そういえば、“開園” をこれほど大々的に発表してくれるレジャー施設を、私は未だかつて見たことがない。もしかすると「開けるかどうかはその日の気分で決めます」というような、チャレンジングな経営方針なのだろうか?ググってみると、定休日の火曜以外、毎日営業していた
つまり週7日のうち6日は、この看板によって “開園” が発表されているのだ。閉園日に来てしまったうっかり客を除きほぼ全ての客が、入り口で思いがけず、ヒヤリハットを喰らうのである。お節介な看板だ

チケットを購入し、いざ入場。ちなみに入園料は大人500円・子ども300円と破格だ。
安すぎるあまり、「往復のバス代の方が高い」というカオスな状態に陥っている。恐るべきハイコスパ。巷ではこれを “町田リス園・パラドックス” と呼ぶらしい。

園内は思ったよりこじんまりとした印象。遠い昔、子供のころに行ったふれあい動物園もこんな感じだったなぁ…とセンチメンタルな気持ちになった。
敷地の半分は名物「リスの放し飼いゾーン」、もう半分は「リス以外の小動物が飼育されているゾーン」で構成されているらしい。まずは小動物の飼育エリアへ。

最初に目についたのは、『ウサギ』。想像より身体が大きいことに驚いた。
ゲージの前に手を差し出してみると、「無反応のウサギ」、「近寄ってはくるがエサがないと途端に離れていくウサギ」、写真のように「終始ゲージを舐めまくっているウサギ」…
個体によって、ウサギにもここまで性格の違いがあるのだな、と感心した。

こちらは、『テンジクネズミ』。どう見てもモルモットだろうと思ったが、テンジクネズミを家畜化したものをモルモットと呼ぶらしい。初耳だ
ボテッとした身体に、ペチペチと音を立てそうな御御足(おみあし)…憎めないフォルムをしてやがる。

そのほかにも、首が長めの亀『ヒラリーカエルアタマガメ』や、

『マーラ』という、テンジクネズミ科でありながら中型犬くらいの大きさがある動物、

最近ペットとしても人気な『テグー』がいた。
ちなみに写真の“屋内”で飼育されているテグーとは別に、“屋外”に展示されているテグーもいて、そちらはというと、仲間内で身を寄せあい、厳しい寒さを凌いでいた。
「動物である以上、格差社会からは逃れられない」ということを、我々人間はテグーから改めて思い知らされるのである。切ない。

メインである『リスの放し飼い広場』へ。リスたちが逃げ出さないよう、北海道の二重玄関のような厳重なとびらから、中へ入る。
すると広大な敷地に、リスたちの棲家が並んでいた。その広さはおそらく体育館ほど。日本中の飼いリスの中で、おそらく最も贅沢なリスと言っても良い居住環境。“家ガチャ” 大アタリではないか。
ちなみにここで放し飼いされているのは『タイワンリス』という種目のリス。
一般的にリスと聞いて思い浮かぶのは、身体が茶色っぽくシマ模様が特徴的な『シマリス』であるのに対し、ここにいる『タイワンリス』はグレーぽい体毛らしい。
見ると、広場内にはこんな看板が立っていた。



……強烈だ。注意書きにしては独特すぎる絵のタッチ。全体から漂う狂気じみた世界観は、まるで一昔前のオカルト本に出てくるソレである。

それでいて見よ、この躍動感を。
子の危険を瞬時に察知し、警戒心をむき出しにする母親。そしてそんな母とは対照的に、一ミリも当惑の色を見せない “肝すわりベイビー” 。秀逸だ。

……可愛らしいイメージとは裏腹に、もしかすると『タイワンリス』という種目は、とくべつ凶暴な生き物なのかもしれない。ここは忠告に従い、おとなしく軍手とミトンを装着
ちなみにミトンの柄は豊富で、どれも「お母さんが縫った小学校の上履き袋」のようなエモさ1000%のデザインだった。
さて、リス用のエサを購入したところで、ついにリスとご対面。看板にあった、おっかないリスの姿を思い出して一抹の不安がよぎるが果たして……………


ちっっっっっっっっさ!
&
かっっっっっっっっわい!
嗚呼、今なら『ちいかわ』が流行っている理由がわかる気がする。小さくてかわいい、それは正義だ。小さくてかわいい、それは有象無象を一瞬にして解決する。
皆さんは、小さくてかわいいもの(リス)に上目遣いで見つめられたことがあるだろうか。これはとんでもない破壊力である
心の瞬間最大風速MAX。「カワイイの暴力」とは正にこのこと。母性本能、炸裂。なんなら「この子、私が産んだ?」とすら思えてくるので、もしかするとリスって幻覚を見させる生物兵器か何かなのかもしれない。
看板に描かれていた “世紀の大悪党” のような生き物はどこにもいない。代わりに、“地上に舞い降りた大天使” がそこにはいらっしゃった。

この神聖な生き物に、今すぐ食糧を奉(たてまつ)らなけば。さっそくミトンの上にエサを置いてみた
すると、凄まじい食いつき。ハンターのごとく鋭い眼光がリスたちから向けられた。たった今、私は完全に “ロックオン” されたのだ。
ソッと手を近づけてみると……



なんと、ものの数秒のうちに「飛び乗る→出した分のエサを食い尽くす→元いた場所へ帰る」という一連の犯行が遂行されてしまった。
すごい… “瞬く間にそれらをやってのける運動神経” と、“人間に物怖じしない屈強なメンタル” 、両方持ち合わせていやがる……
その慣れた手口からして、間違いなく彼らは “常習犯” 。こちらがあたふたしている隙に、ハリケーンのごとく綺麗さっぱりエサをかっさらっていくのである。

しかしなんといってもその魅力は、天才的なかわいさ。どれだけ極悪非道な行為に及ぼうと、この顔を見てしまったら全てを許容せざるを得ない。

「ヒャッハーーーーーーーーー!」

「ヒ〜〜ハ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
最高だ。この世の全てを手に入れたかのような幸福感。少し歩くとすぐリスに取り囲まれるので、もはやハーレム状態。人生最大のモテ期である。
ドラマ『逃げ恥』でガッキーも言っていたように、人はカワイイという感情を前にして服従、全面降伏してしまう生き物。つまりその構図は完全に人間<リス
リスのためならいくらでも言うことを聞くし、喜んで下僕に成り下がる。たとえその輝きに満ちた眼差しが、“私”ではなく“エサ”に向けられたものでも!
そう、愛というのは与えられるものではなく、本来、与えるもの!与えてこそ真の愛が証明されるのだ!!つまり、エサくらい屁でもない!!!あなたが喜ぶのであれば、エサなんてとるに足らない!!!求めてばかりの人生であったが、ついに「与えること」に幸せを見出すことができるようになったのだ!!!!!
嗚呼、ついに私はヒューマンステージを登ってしまった!!!人間としてひとまわり大きくなったのだ!!!!それもこれも、全てはリスのおかげ!!!!リスが、“愛するとは何たるか” を教え説いてくれたのである!!!!もはやそこに人間とリスの垣根は存在しない!!!我々は言語の壁や文化、生物のカテゴリーまでも凌駕し、ついに心と心を通じ合わせることに成功したのだ!!!!!!
この愛はもう、誰にも止められない!!!!これこそが、True Love….…….…!!!!!
* * *
エサやりの時間になった。飼育員が、何やら“赤くて小さいもの”をばら撒いている。

“イチゴ” だ。リスは、イチゴを丸ごとひとつ、食している。私は、目を疑った
最後にイチゴを丸ごと食べたのは、いつだろうか。考えてみれば私は、スーパーで1パック398円のイチゴを買うのもはばかられるような生活を送っている。
私が買うのを躊躇するべきものを、飼育員は易々とバケツの中からばら撒く。私はそれを唖然と眺める。

それに比べ、私はどうだ。あげられるものといえば、客が購入できる唯一のエサ、ひまわりの種。
殴りたい。こんなものを「ほれほれ〜」とドヤ顔でぶら下げていた自分を、殴りたい。




幸せになれよ……
終わりです。町田リス園、楽しいのでぜひ行ってみてください。